インタビューなど

15年ぶりに訪れたボルの故郷ヒュースト

2014.04.08


 バタフライ契約選手の撮影で3月下旬にドイツオープンが開催されているマクデブルクに行ってきた。会場内の小さな部屋を簡易スタジオにして多くの選手を撮影したが、今回の撮影のメインに考えていたボルが腰の痛みでドイツオープンを欠場するというアクシデントが発生。大会最終日の朝にマクデブルクを出て、ボルが住んでいるヒューストに向かった。
 マグデブルグからヒューストまでの距離は500キロ弱。撮影機材が重くて大きく、個数も多いため飛行機で移動することができずに車での移動になったが、冷静に考えてみると500キロは東京→大阪ほどの距離。速度無制限のアウトバーン(所々で速度規制はありますが)を使うルートでナビが示した時間は約5時間…。長旅を覚悟した。
 午前9時にホテルを出てヒューストに着いたのは13時30分。4時間半ほどで着いたが、僕が乗る車が160キロで走っている横を250キロくらいのスピードで駆け抜けて行った車が何台もあった。さすがアウトバーン。余談だが、そうやって駆け抜けて行く車はポルシェが多い。
 撮影前に軽く昼食をとろうとボルの実家(ボルは現在実家から車で数分のところに奥さんとお子さんと愛犬と住んでいます)近くのイタリアンに入ると、食べ終わるころにボルが愛車のキューブに乗ってやってきた。ボルはドイツ車を所有していて、このキューブは2台目の車。そういえば何年か前に「キューブのデザインのかわいさに惚れて、特別に取り寄せた」と言っていたことを思い出した。
 食事を済ませてボルの実家に移動。僕は15年前にこの実家に訪れているが、室内がリフォームされたばかりで、当時よりも新しく感じた。広い庭の芝生や草木は丁寧に手入れされていて、大きな池もある素敵な場所。この日は絵に描いたような青空だったので、撮影をやめて庭でゆっくりしたいという衝動にかられたが(笑)、そんなわけにはいかない。今は使っていないおばあさんの部屋は、壁が白く塗られていてまるでスタジオのよう。ここでボルの撮影を行った。
 撮影後は、ボルママ(ボルのお母さん)が冷えたヴァイツェンビールを出してくれて、ボルが注いでくれた。長距離移動もあり、短い時間だったが集中して撮影したこともあり、疲れていた身体にヴァイツェンビールが染み渡った。
 ビールは1杯だけにして、庭に出てコーヒーをいただいた。ボルは少し前に第一子となる息子が生まれて、僕にも小さい息子がいるので、お互いの息子の写真を見せ合うなど話しがはずんだ。
 帰り際、ボルが卓球を始めたときに父親と練習していた地下室に来てくれと言われて、一緒に降りた。そこはボルがこれまで獲得した優勝カップや賞状、新聞記事などの切り抜きが飾られていて、小さいながらも「ティモ・ボル記念館」に変わっていた。
 たくさんの優勝カップが置かれていたが、ボルが僕に「これを見て」と言って指したのは、とても小さなカップだった。「これは僕が卓球を始めて1番最初にとった優勝カップ。地区大会の子どもの試合のカップなんだ」とうれしそうに話した。世界選手権大会やオリンピックでメダルを獲得したボルだが、その原点はこの小さなカップからスタートしたんだな、と感じた。
 玄関で見送ってくれたボルは最後にこう言った。
「わざわざ来てくれてありがとう。それでは、東京の世界卓球で会いましょう。そうそう、今は肉を控えているから、日本のおいしい牛肉は我慢。東京では魚が食べたいかな(笑)」
 東京に来たら、寿司屋に連れて行こう。(編集長)