インタビューなど

強化のフロントライン⑭ 「愛ちゃん」について

2018.10.30

<強化のフロントライン>


kiwameru01-prof.jpg〜宮﨑強化本部長に聞く日本の強化策〜

日本の最前線ではどのような強化が行われているのか。そのさまざまな方策について、日本卓球界の強化の長である宮﨑義仁強化本部長に聞く本企画。今回は、先日競技生活からの引退を発表した福原愛さんについて、宮﨑強化本部長が語ってくれた。

 


●日本卓球界を長く照らしてきた愛ちゃん
彼女の次の夢をサポートしたい

 
「泣き虫愛ちゃん」として日本中のアイドルに

アスリートとしても素晴らしい成績を残した福原愛さん
 


 今の日本は、男女とも世界の頂点に手が届くところまで来ています。また、この連載で述べてきたように、ジュニアやカデット、ホープスら若い世代の成長も目覚ましいものがあります。つい先日は、東京の両国国技館でTリーグが華々しく開幕しました。これから、国内における卓球人気はさらに盛り上がっていくことでしょう。
 日本の強化に携わる身として、近年の選手たちの競技力向上や卓球人気の過熱ぶりは喜ばしい限りですが、ふと、「この隆盛のルーツはどこだろう」と思考を伸ばすと、一人の人物にたどり着きます。
 その人物とは、先日、競技生活から身を引くことを発表した「愛ちゃん」こと福原愛さんです。
 強化の話から逸れますが、今回は愛ちゃんについて、彼女とのエピソードを交えながらお話ししたいと思います。

 愛ちゃんのこれまでの足跡についてはさまざま語られており、ここで私が詳しく述べるまでもないでしょう。
 泣きながら懸命にボールを追う幼少の頃の愛ちゃんの姿を通じて、多くの人が卓球に関心を寄せたと思います。オリンピックでのメダル獲得や全日本選手権大会女子シングルス優勝など、愛ちゃんはアイドルとしてだけでなく、アスリートとしても素晴らしい成績を収めました。「私も愛ちゃんみたいになりたい」「私たちの子も愛ちゃんのようになってほしい」と日本中の子供たちやその保護者が愛ちゃんに憧れ、目標にしたことが、現在の卓球人気や競技力向上に大きく寄与したことは間違いありません。
 加えて、愛ちゃんは、男子のレベルアップにも少なからぬ影響を与えました。愛ちゃんの人気は、「女子に負けてたまるか、いつかは俺たちも!」と男子の反骨心を刺激し、それが今の日本男子の強さに間接的につながっているといえるでしょう。

 愛ちゃんが中学1年生のときのエピソードです。当時、男子代表チームの監督を務めていた私は、愛ちゃんにとって初となる海外遠征に帯同しました。
 現地に着き、しばらくすると、愛ちゃんが困った様子で私と、当時女子代表チームを引率していた村上さん(村上恭和元女子日本代表監督)のところに近寄ってきました。
「どうしたの?」と私が愛ちゃんに尋ねると、「シューズを履こうとしたら、どっちも右足用を持ってきてしまいました、どうしよう‥‥」と消え入りそうな声で答えが返ってきました。海外遠征はトラブルが付きものですが、シューズを履かなければ卓球はできません。想定の斜め上を行く忘れ物にあぜんとしつつ、私と村上さんとで大急ぎで現地のスポーツ用品店を何軒か回り、ようやく卓球シューズを探し出して愛ちゃんに渡し、急場をしのぎました。
 その海外遠征では、愛ちゃんがホテルの部屋で鍵をかけたまま疲れて先に寝てしまい、同部屋の先輩が中に入れず困り果てたという、中学1年生らしいエピソードもありました。

 愛ちゃんが競技生活からの引退を自身のブログで発表する日の夕方、私の携帯電話に彼女から直接電話が入りました。愛ちゃんからの連絡は久しぶりだったので何事かと思いましたが、「宮﨑さん、今までお世話になりました。今晩、引退を発表します」という連絡でした。
 愛ちゃんが選手時代、私は主に男子の日本代表を担当していたので、彼女とはそれほど深くコミュニケーションを取っていたわけではありませんでした。その私にわざわざ連絡が来たということは、恐らく愛ちゃんは数え切れない人に引退の報告とこれまでの感謝を述べたのだと思います。
 愛ちゃんは選手時代、厳しい勝負の世界に生きるアスリートには似つかわしくないほど周囲に配慮ができる人でしたが、今回連絡をいただき、彼女の行き届いた気配りに改めて感服しました。

 競技者としての引退は表明しましたが、「私は生涯卓球人なので、卓球という軸がぶれることは一生ありません」とブログで綴っているように、愛ちゃんが卓球界から離れることはないでしょうし、彼女にはこれからも卓球界で活躍してほしいと強く願っています。
 卓球界に恩返ししたいという愛ちゃんが、どんな夢やアイデアを持っているのかは現時点では分かりません。しかし、彼女が私利私欲で動く人ではなく、細やかな配慮ができ、明るく、賢い人であることを私は知っています。そんな愛ちゃんの思い描く夢ならば、きっと周りのみんなも幸せにするはずです。
 日本卓球界はこれまで、有形無形を問わず、愛ちゃんから多大な恩恵をいただきました。その恩返しとして、愛ちゃんが夢を実現するためにサポートが必要ならば、できる限りのお手伝いをしたいと思います。

(取材=猪瀬健治)